上の空の上 旅コラム

あれから|長い旅の始まりに|上の空の上のその先で

上の空の上のその先で

少し前のことを振り返って書いております

昨年大切な人を亡くしました。
その時に「上の空の上」というお話を描きました。

この日記はそのことと、深く関わりがあるので、
もし良ければ先にご覧ください。

 

上の空の上|第1話|大切な人を看取った記録|001

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「上の空の上」のその先で

旅行の好きな人だった

自分が出向くのはもちろんのこと、
いわゆる「土産話」を聞くのも、好きな人だった

 

行ったことのないところに
思いを膨らませ
そこにあるであろう「モノ」や「匂い」に触れようとする人だった

 

そろそろ
1年になる

嘘みたいだ

病室のベッドの上で
口癖のように「どこかに行きたい」と言っていたね

旅行に行きたい ガイドブックを広げる

(「上の空の上」第4話より)

 

私たちはお互いに行きたいところを
当てっこしたり、擦り合わせたり
魅力を語ったりしながら

窓すら開かない病室の中から
海の向こうの様々な国に思いを馳せていた

 

願いを込めて
いくつかの計画を立てたけれど

その計画はどれも叶わなかった

 

もうこれからも叶えることは出来ない

 

貴方の「旅好き」は身内の誰もが知っていて
棺の中には何冊ものガイドブックが収められていた

 

その中に誰かが入れてくれた
サンクトペテルブルク」のガイドブックがあった

 

玉ねぎ型のお城を見てみたいって
何度か話したことがあったから

 

実は私も買ってあったんだけど
急いでカバンの中に隠した

 

貴方が誰かに貰ったなら
私も私で持っておこうと思って

お揃いも悪くないかなって思って

 

その他にはスペインとかモロッコのだと思われる
色鮮やかな陶器が眩しいガイドブックとか
北欧のマリメッコ柄の表紙の本もあった

あとは美味しそうな小籠包の湯気も見えた

 

そのどれもが貴方の好きそうなものだらけで
貴方をよく知り
愛している人たちが
こんなにいることを証明していた

 

みんな貴方への最後の贈り物を本気で選んだから
色合いとか好みとか似たり寄ったりで

中にはかぶっちゃったりしてて

それが何だか
私を優しい気持ちにした

 

ただただ

一緒に悲しみを分け合える人たちがいることに
救われていた

 

ガイドブックが何冊もあったし、
編み物の道具とか、
手紙もたくさんあったから

向こうに行って

しばらく
忙しかったんじゃない?

どうだった?

 

uwanosora014

(「上の空の上」第14話より)

 

それから

私は貴方と手を離してから塞ぎ込む日々の中にいた

漫画を描いたり
イラストを描くことに没頭しても
寂しくて寂しくてたまらなかった

017uwanosora

(「上の空の上」第17話より)

 

そんな日々の中で
唯一私が
未来をポジティブに受け入れられる時間があった

 

それは貴方の残像が宿る
この身体で

貴方と立てた旅の予定を

交わした約束を
叶えるための計画を立てることだった

 

どこで
どうやって
何をしようとか

旅を組み立てる時間の中では
前向きでいられた

 

日常の中にこぼれる『辛くない』をつぎはぎして
1時間でも多く「泣かなかった時間」を増やしていきたかった

 

それに
何か
約束したこととか
一緒に思い描いていたことを

 

希望を詰め込んで
未来を膨らましていたあの時間を

 

もう無理なんだと諦めて
過去へ捨てていくのではなく

託されたと思い込んで
自分の手で回収したかった

 

いなくなってしまった貴方に
軽い文句を言いながら

荷物を選び
準備を進めた

 

 

もちろん

連れて行ってあげられなかったことを悔やみ
何度も何度も心が揺らいだ

 

一人旅が好きなんて言ってないで
羨ましそうにしてるなら
連れて行ってあげれば良かった

 

あの時
空港に見送りに来てくれた貴方に
その場でチケットを買って
一緒に飛行機に乗れば良かった

 

いつも私が乗っている飛行機なんて
LCCばっかりで買えない値段じゃなかったよなとか
どうしようもないことを

ぐるぐる

ぐるぐる

 

あれもこれも後悔ばかりで
申し訳なくて
たまらなくなる

 

思わず
「ごめんね」と口走ってしまえば

途端に、頭も身体も悲しみの方向へ
引っ張られてしまう

 

どれだけ「一緒に行くんだ。」と
自分に言い聞かせても

 

お気に入りの写真を
パスポートケースに挟んでも

 

現実に貴方はいない

 

前向きに行動する私を
喜んでくれているに違いない

 

だけど飛行機にもホテルにも
どこにも

貴方の名前は無い

 

とある夏の終わり

心の拠り所だった
旅の計画が
ひどく自分勝手なものに思えて
手を止めていた夏の終わり

 

私は
うたた寝をしていた

 

そろそろ夕方で
いい加減起きようとした時

 

「お土産買ってきてね」という貴方の声が聞こえた

 

飛び起きた

 

夢の中に出てくる時の貴方より

記憶をたぐり寄せて思い返す時の貴方より

 

はるかに近くで鮮明にくっきりと聞こえていたから

 

涙がポロポロと出てきて

咄嗟に「行かないで」と呟いていた

 

もういってしまったあの人に
もう一度「行かないで」とお願いしていた

 

ほんの一瞬の出来事だったのに
目尻に沿って溢れ出た涙の量に
自分でもびっくりした

 

 

貴方は私が旅行に行くことを伝えると

いつだって

まず

「いいねー!お土産買ってきてね」と言ってくれた

 

出発間近になると

「準備終わった?」と聞いてくれた

 

最後には必ず

「写真送ってね」と言って

口角を上げたまま

 

溜息をついて

 

「本当に気をつけなさいよ」と言って
送り出してくれた

 

空港に来てくれた時
見えなくなるまで
心配そうに手を振ってくれた

 

何かあったら使いなさいと言って
お小遣いをくれた

 

空港のレストランで
エビフライとハンバーグで悩んでいる私に
「もう食べれないかもよ。」と笑って
両方食べさせてくれた

 

空港に来れない時は
搭乗時間の少し前に
「間に合ったかな?」と
必ずメッセージをくれた

 

色々な言葉や仕草を思い出す

忘れていたことまで思い出す

愛されていたことを思い出す

 

 

もう記憶の中からほじくり出すことしか
出来ないけれど

 

良い

それで良い

前を向けるなら何でも良い

 

“思い出”が残された人にとって

こんなにも柔らかい愛しいものだとは

知らなかった

 

 

 

やがてほじくり出すことすら
出来なくなるのだろう

 

怖い

考えたくない

 

だけど大丈夫

今はまだ

ちゃんとそばにいる

 

もしも記憶の全てが合体していて

楽しかった尊い思い出だけを選べないのだとしたら

 

全て消してしまうより

後悔も悲しみも連れて行くほうがいい

 

悲しみは時々残酷なほど
私を落ち込ませるけれど

悲しければ悲しいほど
不思議と貴方がそばにいてくれる気がする

 

 

これは
少し悲しい考え方かもしれないし

 

それじゃいつまでたっても
前に進めないって言う人がいるかもしれない

 

だけど

今はこれでいい

 

私は

まだ

これでいい

 

いつかきっと

ストンと前に進めるその日まで

何ひとつ

無理矢理はがしたりしないことに決めている

 

2020年へ。そして出国。

あれよあれよと時間が過ぎて2020年が来た

恐れていた貴方のいないお正月に
それぞれの年末年始」を描き終えた

【第1話|アラサー女子のそれぞれの年末年始】みんなにやってくるお正月。いつからだろう、楽しみなだけじゃなくなってきた。

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年末年始だっていうのに沢山の人が反応や応援をくれました。ただ単純に見てくれただけでも十分嬉しいけれど、何かを察してくれている気がして(勝手に笑)すごく嬉しかったです。いつもありがとうございます。

 

そして私は出国した

まず第一の目的地へ

「手芸」の好きな人だった

作ってもらった可愛いポーチを今も大切にしている

 

病室ですら「刺繍」や「編み物」の材料を持ち込んで
看護婦さんに心配されるほど作業をしていた

 

もうダメかもしれないと弱気になった夜

作りかけの子供用の甚平と
それを贈りたかった男の子のことを気にしていた

 

 

あれはまだ入院するずっと前

集めていた可愛い生地の中に
「ブロックプリント」のハギレがあった

どこで手に入れたのか分からないそのハギレは
絶妙に版ずれを起こしていて
手作業を匂わせ確かな温もりを生んでいた

 

それからしばらくして
大好きな旅雑誌にインドのジャイプールが特集された

 

貴方はその中から
ブロックプリント」という言葉を見つけ出した

 

真っ白のシーツみたいな巨大な生地の上に
年季の入った木彫りの版で
職人さんたちが柄をのせ
色を重ねていく

 

それは柄こそ違えど
お気に入りにしていたハギレとまるで同じ版ずれで
写真越しでも伝わる確かな温もりが宿っていた

 

「あれはブロックプリントというものだったんだね」

 

貴方はそう言って雑誌を
隅から隅まで読み込んでいた

 

その雑誌に載っていたジャイプールに
本店を構える「Anokhi」というブランドは
あまりにも魅力的だったし

 

ジャイプールが
ピンクシティ」という別名で呼ばれていることも
私たちを強烈に惹き付けた

その雑誌によると
ジャイプールのある「ラジャスタン州」は
インドの中でもとくに色鮮やかな街であるということだった

 

そしてさらに
ジャイプールから一歩進んだ
プシュカルという小さな街には
より一層きらびやかな服装の女性が多いとのことだった

 

ネット上に転がるジャイプールの写真を眺めては
鮮やかで美しい色合いの連鎖に
私たちは目を奪われた

 

 

貴方は「たくさん買い物をする!」と張り切って
運べるかどうかの心配までしていた

 

暑い国の生地は涼しいから
夏でも涼しい生地を使ってワンピースを作るのも良いなぁと言う貴方に

 

「私のも作って」と言うと

貴方は「いいよ、通訳代ね」と笑ってくれた

 

私の英語力で通訳代として取引するなんて
厚かましいことなのは分かっていたけれど

なんだか私は
そのやりとりが嬉しくて

今でも妙に鮮明にその時のことを覚えている

 

ピンク色のストールの話

そういえば

もう一つ

インドに思いを馳せることになった
エピソードがある

 

インド旅行に行った方から頂いた
淡い上品なピンク色のストールを貴方は
とても気に入っていた

インドに行ったら
同じようなやつをお友達に買ってあげたいと言っていた

(「上の空の上」第15話より)

 

玄関のコート掛けには
2,3個のストールをスタンバイさせているのに

 

貴方は
いつもいつも
そればかり選んでいた

もちろん
病院にも持参していて

「寒いと暖かくて、暑いとちょうど良くなるの」
と自慢していた

 

お別れの時
本当は
そのストールを譲り受けたかった

 

だけど
あまりにも良く似合っていたから

 

貴方と共に
空へ旅立ってもらった

きっと
今も貴方はあのストールを
つけているんだろうな

そっちが暖かいのか寒いのか
分からないけれど

その万能のストールなら
きっと丁度良いんだろうね

 

 

私たちが

貴方が

 

一体
どれくらいの間

ピンクシティを訪れることを
楽しみにしていたのだろう

 

 

「一緒に行けなくてごめんね。」

 

結局
出発するまでこの思いが消えることはなく

 

ピンクシティを訪れることが
正解なのか不正解なのか

飛行機の中でも
ずっと考えていた

 

だけど

飛行機は離陸すれば着陸する

私は貴方を失って

約半年後

 

インド・ジャイプールの空港に

確かに立っていた

 

 

北インドにある「ジャイプール」という街へ

首都デリーから南西へ約260km

ラージャスタン州の州都ジャイプール

 

2020年1月

私はついにインドのジャイプールに到着した

 

空港のハンドソープが
ピンクシティの名にふさわしく眩しいピンク色だった

インドジャイプール空港

ジャイプール空港のハンドソープ

 

「すごい色、かわいいね。」

私はつぶやいた

 

 

トイレから出て

ATMの列に並ぶ

 

小さく縮小してカードケースに入れてきた
貴方の写真を取り出す

 

これを選んだと知られたら
怒られそうな顔

 

だけどよそ行きのかけらもないこの顔が
私を癒す

 

 

あんなに「たくさん買う!」って
張り切っていた貴方が

 

「そんなに買うなよ」って
言っている気がして

 

ATMで少なめにお金を下ろした

 

まぁ、それで正解だね

現金をたくさん持ち歩くのは危ない

 

さぁ
ついにジャイプールとプシュカルの旅が始まるよ

 

見ててね

 

続く

 

メモ

このインドの旅は2020年1月の記録です。

 

(「上の空の上」第18話より)

 

 

あとがき

長くなってしまいました。
最後まで読んでいただきありがとうございます。

書こうか悩んで時間が過ぎました。

書くと決めてからもなかなか納得が行かず
時間が過ぎてしまいました・・・

だけど旅の記録も時間がたつとなかなか書きにくくなっていくので

これから少しずつ書いていこうと思います。

© 2024 鈴木みろ|miro suzuki