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【文書版|前編】上の空の上|大切な人を看取った記録|019

上の空の上文書のみ前

注意点

大切な人を看取った記録です。
悲しい表現がたくさんあります。
苦手な方は飛ばしてください。

 

こちらの投稿は文章のみです。
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上の空の上|第1話|大切な人を看取った記録|001

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上の空の上

ベッドに溶けてゆく
貴方を見ている

不自然なほど
清潔な匂いに包まれて

懐かしい匂いは
かすかにすらしない

 

カーテンはいつも静かに開ける

貴方が眠っていても
窓越しに空を見つめていても

 

貴方が気付くまで
貴方を見ている

 

 

髪の流れ

手の運び方

息をつなぐ 肩のリズム

長い睫毛
内出血した左腕
不本意にも注がれる
人工的な液体

臆病者の私は
貴方に隠れて
こそこそと

貴方の「生」を掻き集め
目に焼き付けていく

 

 

私に気付くと
貴方はまず笑って

 

その後決まって
天気の話をする

 

食べることすら生活から排除され
毎日毎日同じ景色を眺める日々の中で

病状に関わることを除けば

この部屋に訪れる変化は
天気くらいしかない

そんな簡単なことに
やっと気付いたのは
梅雨になってからだった

 

 

 

「いつもいつも天気の話ばっかりだねー」

って

私はなんて間抜けなんだ

 

追いつけないほどの変化が
突然
私を襲って

 

時間が足りないと

もがいて

息切れして

転んでも

 

昨日と今日に違いがあることの愛しさを

噛み締めなくてはいけないんだ

 

あのね

貴方が新しいパジャマを着ていると
嬉しかったんだよ

 

この部屋の窓は開かない

 

風が

新しい季節を運び込むことを
許さない

 

温度は常に一定で

生真面目なエアコンが
眠ることなく

終始働いている

 

会話の隙間に
空を見て

せっかく上がった口角が
また下がってしまう

 

どんよりした空気を
鮮やかに拭う紫陽花も

ここには咲かない

 

救いようのない灰色が
私達を埋め尽くす

 

梅雨をこんなに恨んだこと
無かったよ

 

じめじめした鬱陶しい日々の後に

必ずやってくる
底抜けに明るい夏

 

毎年

毎年

どんな異常気象の年でも
雨道を抜けて
夏が来た

でも
夏が来ないとしたら?

 

全ての人の梅雨が
必ず明けて

 

みんなに

 

平等に

夏が来るって思っていたよ

 

昨年まではね

 

ねぇ神様

夏を迎えられないのなら

この空は

ちょっと
意地悪すぎるって思うんだ

 

 

 

私の他愛もない日常に

貴方が望むことの
殆どが詰まっていて

私は後ろめたい気持ちになる

 

突如

私を後ろめたい気持ちが襲う

 

口癖のように
「旅行に行きたい。」と言っていたのに

それなのに
いつのまにか

 

どこか行きたい

家に帰りたい

 

少しで良いから

外の空気が吸いたい

 

みるみるうちに
何かが遠ざかっていく

 

貴方のお気に入りのペタンコ靴

お行儀良く

部屋の隅っこで

ずっと待っているんだよ

 

 

夜8時

帰宅を促す
放送が流れると

みぞおちの辺りが
ぎゅーと苦しくなる

 

貴方は視線を窓に移して
綺麗だねと呟く

 

私は許された気持ちになる

 

あなたは
どこまでも
優しい

 

帰り際
今夜は何食べるの?って
貴方はいつも聞く

 

私はいつも
あんまりお腹空いてないと言う

 

貴方は全て見抜いて
食べなきゃダメよって言う

 

私は
変な顔で頷く

二人で笑う

 

また明日ね

 

うん ありがとう

 

おやすみ

 

 

この街の夜景が美しくて良かった

 

眠らない街に守られて眠ろう

 

<前編おわり>

 

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上の空の上文書のみ中
【文書版|中編】上の空の上|大切な人を看取った記録|020

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